乳がんと診断されいろんな思いが駆け巡る中、最終的にたどり着いたMockの闘病モットーのお話。
まずはモットー。
不安に襲われて眠れない日もありました。
先生に睡眠導入剤をもらえないか相談したこともありました。
(2回ほどスルーされ結局もらえず。(笑))
でも、ここにたどり着くまでにそれほど時間はかかりませんでした。
その過程を書いていきたいと思います。
目次
乳がんの告知で考えたこと
乳がんの告知を受けた日、
まずは「もしこのまま死ぬことになったら?」と考えました。
で、なぜかすぐ、「死ぬことになったら楽やん!」と思いました。(笑)
子どもたちの成長や孫の顔を見ること、老後の楽しみもたくさんあったし、
翻訳の仕事も一生かけて突き詰めるつもりだった。
でも、やりたかったことをすべて諦めたらいいだけで、
「死ねば何もなくなるねんから私は楽やん!」って。
実際に治療が辛くてだんだん弱っていって、死ぬ間際にはまだ生きたい!って思う可能性の方が高いだろうとも思うけど。(^^;
子どもたちはかわいそう。
だけどね、その時は大変でも子どもは母の死を糧にして強く生きていけると思ったんです。
無責任だと言われればそうなのですが、この考えには12才の時に父を亡くし、ここまで生きてきたMockの経験もあったのかもしれません。
じゃあ私は何のために、誰のために生きなきゃならないか?
いろいろ考えると、義母のためでした。
夫も子どもも大変な思いをするのはわかってる。
でも夫はMockと結婚することも、子どもを4人(本当は3人のつもりだったけど)持つことも、一緒に選択した。
そして義実家の近くに家を建てることも。
子どもたちに選択肢はないけれど、そもそもどこに生まれるかは選択できないし。
もともと家族だし。
でも、義母は息子が私と結婚することを自ら選んだわけじゃない。
義母は私たちの子どもは2人で十分だと思っていたはずなのに、私たちが3人目を選択して、結果4人になった。
義母は自分の経験から同居したくなかったし、少し距離があった方がうまく行くと思って私たちの当時の勤め先の近くに家を買ったら?と言ってくれていたのに、私たちが義両親の家の近くに家を建てることを選んだ。
義母は私たちに関して何も選択していないのに、私が死ねば巻き込まれて結果的に4人の子どもの世話をすることになる。
100才のおばあちゃんの介護もあるのに。
義父や義兄も家にいて、ご飯を作ったりなんだかんだ忙しくて、なんなら私が手伝うべき立場のはずなのに。
義母は本当に素晴らしい人で、余計なことは言わずに優先順位をつけてそっと手伝ってくれる。
こちらが望まないことはしない。
勝手に手を出さず、分からないことは聞いてくれる。
いつも落ち着いていて、他人の悪口を言うことも決してない。
そして見返りを求めずに手を差し伸べてくれる。
この人にこれ以上負担をかけてはいけない。
定年まで勤め上げてやっと楽しい老後が待っていたはずの義母に、死んだ私に代わって、会社員の夫がいない時間まだ小さな子供たちのお世話をすべて押し付けるわけにはいかない。
そう思ったのです。
私は、義母のために死ぬわけにはいかない。
再発・転移があるとすれば10年後、そこから治療をしながら5年生きれば下の双子がほぼ20才。
まずはそこを目指して、それ以上は考えないことにしよう。
不安と目の前の現実
さて、それでも告知を受けて手術が終わるまで、やっぱり不安で眠れない日もありました。
遠隔転移したらもう根治は目指せない。
QOL(生活の質)とのバランスを見ながら延命治療になる。
すぐに遠隔転移したらどうしよう・・・。
そうは言っても、現実には目の前の子どもたちの心を守らなければいけない。
だから、自由に泣くことも叶わなかった。
思いっきり泣けばスッキリするのかなぁ・・・って夫に言ってみたこともあった。
でも生きている限りは、何よりも守らないといけないものは子どもたち。
それが私の義務でもあるし、それに子どもたちが不安定になって学校に行けなくなったり、赤ちゃん返りやおねしょなど影響が表面化してきてしまったらみんな困る。
私の体調が悪く自分で対処できなければ、夫や義母の手をさらに煩わせることになる。
私は、自分のためにも周りの大切な人たちのためにも元気に笑っていないといけない!
手術に対してはそれほど不安はなかったのです。
切って病巣を取ってもらえばとにかくは治ると思っていたから。
やっぱり一番の心配は、再発や転移のこと。
どう考え、どう生きるか?
そこでネットや本でがん患者さんの生きる考え方についてのいろんな情報を探しました。
でね、Mockが行き着いた考え方が・・・
ー明日来るかもしれないと不安で眠れない日々を過ごす?
●明日、交通事故に遭うかもしれない。
ーそれが心配で心が不安に支配される?
じゃあMockの再発・転移の確率は?
ステージ2の10年 生存率は85%ほどらしいです。
これは「生存」というだけで再発や転移がある人も含まれますが、それでも高い確率で生きていられます。
なんならその10年にMockの転移はなくて、お隣の若い奥様が乳がんを発症する可能性だってあるわけです。(お隣の奥様、勝手に話に出してごめんなさい🙇)
起こるか起こらないかわからないことで不安に支配されて、生きてる時間を無駄にするのはバカバカしい!
これですっかり乗り越えました!!
この考え方をするようになり、不安で眠れないなんてことは一切なくなりました。
「もしかしたら今晩辺り不安に襲われるんじゃないか?」
という不安に襲われることはあります。(笑)
でも今のところいつも杞憂(きゆう)に終わります。
で、最初の話に戻りますが、
これを掲げてこれからの治療に挑んでいこうと思っているのです^^
乳がんには標準治療が基本です。
治療の方法はサブタイプによってほぼ決まっています。
ただ、人によって順番や方法が違ったり、自分で選択できる部分も出てきます。
そんな時、ネットや患者会やいろんなところで正しい情報をできるだけたくさんかき集めて、先生や看護師さんや薬剤師さんともたくさん相談して、先進医療や代替治療なども情報としては頭の隅っこに置きつつ、できる備えはすべてやって、決して憂うことなく乗り越えていきたいと思うのです。
人によっては、主治医の先生を心から信頼してお任せするという選択をされる方もいらっしゃると思います。
それも一つです。
でも先生も忙しいし、不安なことを聞けずに解消されなければ不信感につながることもあるでしょう。
Mockが参加した患者会で不安を打ち明けられていた患者さんのお話、Mockの知っている情報(乳がん手術の基本的な話)をご存じなく、先生のお話を勘違いされてすごく不安になっていらっしゃる方もいました。
どんな風に立ち向かうのか、あるいは付き合っていくのか、選択は人それぞれですが、Mockはこのモットーでやっていくと決めて心がすごく楽になりました!
あと、再発・転移について考えたこと。
今すべきことは、絶対に起こらないと信じることではないと思っています。
言霊(ことだま)ってすごく大切だとは思うけれど。
大丈夫!って元気に前向きに生きていれば病気にならないわけじゃない。
再発しないわけでもない。
それよりも、
しても大丈夫。
病気も副作用も、それも含めて楽しく生きていけるという心持ちが大事だと思うし、そうでありたい。
今すべきことは、何があっても腐らず前を向ける柔軟な心を育てること。
今、この瞬間にもご病気のことで不安で居ても立っても居られない、何もする気が起きないという人がたくさんいらっしゃるかと思います。
泣ける状況の方はいっぱい泣いて、落ち込んで、
泣けない方は無理にでも笑いながら、
少し落ち着いてきたら自分にできることをひとつずつ進めてみるのもいいかもしれません。
がんになっても、みんなで幸せな人生を送りましょう♡